華ヤカから考える大正時代の使用人の実態~実は使用人は~

こんちゃす!

正直、使用人には全く向いていないと思う杉本(@rs1615)です。

今回は、華ヤカ哉、我ガ一族

を題材として・・・

大正期における使用人について

本当にはるちゃんのようなことをしていたの?

を調べていきます!

住み込みで働き、朝から晩まで家の住人のために働く・・・そんな仕事が、そんな人たちが本当にいたのか。

そして、本当にはるちゃんたちのような仕事をしていたのか?

疑問に思った私は、それについて調べてみることにしました。

この記事では以下の内容を紹介します。

  1. 日本における使用人の概要(いつ頃からいたのか・どういった邸にいたのか)
  2. 使用人の仕事
  3. 大正期における使用人の特徴
  4. はるちゃんが使用人になるまで
  5. はるちゃんの仕事

では、気になる項目があれば、そちらからご覧ください。

※この記事はネット上の記事と『〈女中〉イメージの家庭文化史』(清水美知子著 世界思想社 2004年)を参考に書いています。

1.日本における使用人の概要

  • 江戸時代には丁稚奉公・女中奉公が盛んに行われていた。
  • 仕事内容は基本住み込みで家事手伝い(昭和になると通いや、派遣のような形も出てくる)
  • 花嫁修業・行儀見習いのような役割も担っていた。
イギリスとかのメイドの日本版が使用人…って感じか?
まあ、ざっくりいえばそんな感じね。

華ヤカのゲームの中での使用人の説明はこんな感じ。

「使用人」をネットで調べるとイギリスやヨーロッパの使用人についてたくさん出てくるんだけど…その仕事内容は家事労働で、古代の奴隷制度から始まり、中世のあたりになると奉公としての役割を強めていった様ね。

尤も、外国のほうがさばさばしてる感覚があって、労働としての契約……っていう意識もあったみたいだけどね。

奉公ってどういうことだ?御恩と奉公のあれか?
何かをもらう代わりに、っていうのは似てるわね。

使用人について言えば、主人にお給料や住むところを保証してもらう代わりに、肉体労働をすること。イギリスでは自分よりも身分が上の家に入って、家庭を持つまでそこで仕事をするわけ。

だから、ただ労働するのではなくて、礼儀作法を身に着けたり知識や教養を得たり、そういった面も含めての「奉公」だったみたいよ。

日本でも、奉公は昔からあったのか?
あったわよ。特に江戸時代には多くて、長子・長女じゃなければ基本的に親戚を頼ったりして奉公に出されてたみたいね。

住み込みで雇うっていうのも高度経済成長期くらいまでは続いたらしいわ。

日本では庶民層の娘が富裕層や武家階級に雇われる、いわゆる奉公の習慣が昔からあり、近代に入っても、農村出身の少女を商家や都市部の富裕な家が住み込みで雇うことが、高度成長期までは見られた。

Wikipedia

なるほどな。

じゃあそうやって住み込みで家事手伝いとして働くのは、特別なことじゃなかったんだな。

そうね、特に華ヤカ哉、我ガ一族の主人公のような農村の子にとっては、当たり前のことだったみたいね。

まあ、華ヤカの世界では使用人になるっていうと、「大丈夫なの?」みたいな反応だったけど。

では、そんな使用人たちの具体的な仕事を見てみましょう。

2.使用人の仕事・事情

ここからは使用人の具体的な仕事内容を確認しておきます。

はるちゃんのように家事をせっせとやっていたのでしょうか…?

明治以降では、分担性で決まっていました。

上流階級では、家族の構成や人数、経済状態によって多少の違いがあるものの、一般に「女中取締(女中頭)」「乳母」「仲働き」「小間使い」「子守」など奥向きの仕事をする女中と、台所まわりの仕事をする「下女(飯炊き)」がいるのがふつうだった。

(『〈女中〉イメージの家庭文化史』 清水美知子著 世界思想社 2004年 p25)

炊事・洗濯・掃除…現代のように機械がやってくれるわけではないので、全てが手作業・重労働でした。

しかも、当時は大家族だったので、手作業で洗濯をしたり料理を作ったりするなど、今の数倍、手間暇のかかるものでした。

なので、女中の存在はなくてはならないもの。宮ノ杜家のような上流階級はもちろん、下級階級の家でも商屋さんなどは、人を雇ってました。

ところで、使用人っていう言葉よりも「女中」っていう言い方が普通だったのか?
そうね。

当時の新聞や雑誌でも「女中」という言葉を使ってたから。

江戸時代からずっとそれだったし、ゲームはあえて女中よりも使用人って言葉を選んだんでしょうね。そのほうがイメージしやすいし。

なるほどな…で、その華ヤカの中でも、主人公やたえたちは洗濯や玄関、廊下の掃除、買い物とか家事をメインにやってたな。
でも、調べてると肉体労働の上、住み込み先(家)によっては結構キツい様子が出てくるんだよね…はるちゃんは割とラッキーだったのかもしれない。ゲーム内での描写が少ないだけで、裏では大変なことしてたのかもしれないけど…。

しかも、住み込みで働くから仕事の区切り目がなく、ホントに一日朝から晩までずっと仕事。
休みもゲーム内に出てくる藪入り(正月とお盆の休み)と言われる年2回だけ。

下記の記事に下女として働く人の詩が載っていたので、引用します。

明治39年1月創刊の第1号に詩人で小説も書いた堀内新泉が面白い詩を書いている。

この人は明治時代後半から大正時代にかけて詩や小説を書いたが、作品は多くない。

明治6年に生まれたそうだが、いつのまにか世間から消え、いつ亡くなったかもわからない。生涯が謎に包まれた作家です。

 今日はこの詩を紹介しましょう。
  題は「下女の歌」と言います。

「一. 家の奥様何している?
    炬燵でお芋を食べている!
    おらアはここで何している?
    流しでお釜を洗ってる!

「二. 家の奥様何している?
    炬燵で新聞読んでいる!
    おらアはここで何している?
    赤子のオムツ洗っている!

「三. 家の奥様何している?
    炬燵でミカン食べている!
    おらアはここで何している?
    便所の掃除をやっている!

「四. 家の奥様何している?
    炬燵でいびきをかいている!
    おらアはここで何している?
    お米をシャキシャキ研いでいる!

「五. 家の奥様何している?
    お餅を焼いて食べている!
    おらアはここで何している?
    表の格子を拭いている!

「六. 家の奥様何している?
    旦那とお酒を飲んでいる!
    おらアはここで何している?
    ひびの痛さに泣いている!

「七. 家の奥様何している?
    旦那に春着をねだってる!
    おらアはここで何している?
    ひとりで雑巾刺している!

「八. 家の奥様何している?
    旦那に芝居をねだってる!
    おらアはここで何している?
    親を思って泣いている!

「九. 家の奥様何している?
    髪をきれいに結わしてる!
    おらアはここで何している?
    頬の鍋ズミ落としてる!

「十. 家の奥様何している?
    旦那の前でふてている!
    おらアはここで何している?
    こっそり鼻歌うたってる!」

 暗い詩になってしまうところを、最後の「こっそり鼻歌うたってる」という言葉が「フッフッ……」と笑いを誘い、救いとなっている。
 江戸時代には「下女」と「女中」は区別されていた。「下女」は平安時代ごろには「賎女」(しずめ)と呼ばれ、江戸時代には「端下女」(はしため)、あるいは「はした」と呼ばれて、炊事洗濯拭き掃除などの肉体労働に従事していた。下女は「端下」という言葉がものがたるように、一人前の人格として認められてはいなかった。

slownet 第39回 お手伝いさんの変遷とその世相

大正時代になってくればまた様子は変わってくるんだろうけど、こういう家もあった…ってことは事実なんだよな。
家事手伝いをし、重労働をこなしていた使用人たち。

優しい主に雇われ、暇をもらったあとでも何かの折には挨拶をしに行くような間柄になることもあれば、中には家主から人間的な扱いをされず、まるで奴隷のように過ごしていた人たちもいました。

どこに仕えるかで使用人としての充実ぶりに、かなり差があったようです。

そう考えるとはるちゃんは最初の方こそゴミ扱いだったけど…はるちゃんの性格も手伝って、いい家で働くことができたって言えそうね。

3.大正期における使用人の特徴

  • 女中難と呼ばれるほど、女中(使用人)をやる人が少なかった。
  • 女中として雇われる側の要求が高かった。(休み時間が欲しい、学校に行く時間が欲しいナド。反対に給料は無い、もしくは少なくてもOK)
  • 修養と慰安を兼ねた女中のための会があった。

大正時代は使用人(女中)という仕事の変化の時期でした。

なぜなら、日清戦争以降、工場での働き口が増えそこで働く女の人が増えたから。
工場の方が働く時間も決まってるし、給料も良かったようです。

て、ことは、宮ノ杜も女中がいなくなって困ってた…っところか?

使用人頭の千富が嫌いな「田舎者」である主人公を雇ったぐらいだし…。

確か宮ノ杜があのタイミングで使用人を探してたのは、結婚で田舎に帰った人がいたからじゃなかったかしら?

それでも、屋敷も大きいし一人でも欠けたら大変だったでしょうね。あの兄弟の世話もあるし…。

んで、大正時代になると社会的に使用人(女中)という仕事に対しても意識が変わってきてて…。

労働組合をつくって待遇の改善を要求できる女工などとは異なり、個人の家庭に雇われる女中の多くは、大正半ばになっても、前近代的な主従関係から抜け出すことができなかった。

女中が敬遠されたのは、自分になる時間がないことや、他人の家に住み込んで雇主の機嫌を伺いながら封建的な身分関係に縛られることに嫌気がさしたにほかならない。

(『〈女中〉イメージの家庭文化史』 清水美知子著 世界思想社 2004年 p83)

宮ノ杜家の使用人に対する意識は、そういう前近代的な主従関係…ってやつだったんだろうな。

ゴミは黙って働けというか。宮ノ杜でなければ人ではないというか。

兄弟たちの反応を見てる限りはそんな感じよねー……ま、それを変えてったのがはるちゃんだけど!
しっかし、こうしてみるとはるちゃんが元々やってた女工のほうが待遇良さそうなんだけど…。

でも、ゲーム中で主人公のお父さんが使用人の給料の高さに驚いてるんだよね。

さすが宮ノ杜ね。

4.はるちゃんが使用人になるまで

さて、では主人公の浅木はるが宮ノ杜家の使用人になるまでを振り返っておきましょう。

  1. はるちゃんのお父さんが倒れる
  2. はるちゃんが工場を辞めて、畑仕事を手伝う
  3. 畑仕事に慣れてきたので新しい仕事を探しに
  4. 喜助と千富さんと出会い、宮ノ杜家使用人に
記事書くのにやり直して思ったけど、最初の頃の千富さん、かなりキツかったんだな(笑)

主人公も田舎者丸出しで(´・ω・`)

兄弟たちも主人公に対する態度がかなり違うな。

これが夏には主人公の田舎へ皆で行くようになるとか…主人公やべぇな(笑)

ホントね。はるちゃんが毎日体当たりで仕事してるからかしらね。

ちなみに、現実では、仲介者というか斡旋業者がいて、そこを通して仕事を見つけてたみたいね。
今で言う家政婦紹介所みたいなやつね。

5.はるちゃんの仕事

  • 初のお仕事は挨拶
  • 玄関掃除
  • 庭掃除
  • 洗濯
  • 買い物
  • 料理の支度

などなど。

華ヤカの中で主人公がやっている仕事は、

現実の女中さんたちがやっていたことと、ほとんど同じ。

ただ、お屋敷の広さや部屋数などは主人公のほうが多そうですね…。

それでもなんとなく、はるちゃんのほうが楽しそうなのはやはりゲームだからか(笑)

結論:使用人は、はるちゃんたちのような仕事をしていたのか?

  • 仕事内容はほとんど一緒
  • ただし、華ヤカのほうが楽しそう!
中身のない結論だな!!
ま、ゲームだしな!ʕ•̀ω•́ʔ✧

でも、調べて使用人(女中)の仕事が宮ノ杜みたいな大きな屋敷だけじゃなくて、大正時代ぐらいになると所謂一般家庭(サラリーマン家庭)でも雇ってたってのにはびっくりしたかなあ。 

大正時代は女性の社会進出の時代…ってイメージがあったけど家電が出てくるようになって、段々自由な時間が増えてきて、工場もできて働く場所も増えて…そういう理由が背景にはあったのね。

女学生も出てきて、いろんな生活が選べるようになって。もちろん、ほんの一握りの人たちでしょうけどね。

その中で、はるちゃんのように親のために働く女の子達も普通にいて、ホントに働き方とか生活が変わってきた時代だったのよね。

華ヤカはゲームだけど、田舎の習慣とかは割とリアルだと思うんだよね。そういう描写をちゃんと取り入れてるゲームもなかなか無いから、丁寧に作られてる作品だなあと改めて思いました。

では、ここまでお読み頂きありがとうございました!

また別の記事でお会いしましょう!

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